Tuesday, March 21, 2006

作文集

今日、1年生のクラスで「作文集」を配りました。これは今学期の初めから2ヶ月ほどかけて書いた作文を集めたものです。「私の好きなX」というテーマで、アイデアを出してアウトラインを考える、下書きを書いてクラスメートにコメントしてもらう、そのコメントをもとに作文を書き直して提出する、という作業をしました。先学期に同僚が2年生のクラスでやっていた手法を教えてもらって実践したんですが、 できあがった作文はなかなかのもの。私だけが読むのはもったいなくて、春休み中に文集にして学生に配りました。自分の作文がきれいにタイプされたものを見て、「本ですね!」と喜んでいる学生を見て、手間でしたが文集にしてよかったと思いました。

作文を書くという課題を課す時、ただ「じゃ、このテーマで書いてください」ということが多いと思うんですが、実際ものを書く時は必ず「書く相手」がいて、「書きたい内容」があって、何かを書くんですよね。今回私のクラスでは「クラスメートに自分が好きなことを知ってもらおう」という名目で、クラスメートを相手に好きなものを紹介するという設定で作文を書きました。今回の活動を通して、話すことと同じように書くことにも相手がいるんだということ、その相手に自分が言いたいことを上手く伝えるにはどうしたらいいのかということを、学生は少しでも考えてくれたようです。下書きと最終原稿にその「考えた結果」が現れていたように思います。

4 comments:

doi said...

以前、ブログにコメントをいただいたdoiです。こちらへのコメントでは初めまして、ですね。作文(を初め技能別の)指導って僕は苦手で。。。細川式(?)もやってみたいんですけど、今はそれができる環境下にいないので実践できることがうらやましいです。

ご存知かもしれませんが、オングという人が「すじが通った、つまり、分析的な思考と話は、人工的な作品であり、書く技術によって組み立てられたものである」と言っているそうです。人に伝わるように書くという意識とスキルを身につけることで、話し方にもそれらが反映されるというのは、本当にそうだなと思います。4技能のすべてを駆使して行われるこの活動は、まさに「総合」的で、理想的ですね。ああ、やってみたい。。。

yukki said...

>doiさん
コメント、ありがとうございます。その後、問題ないですか?

4技能を統合した授業をするのは難しいですよね。オングの言っていること、その通りだと思います。すべてがつながっているというか...。だからこそ、日本語教育はただ単に「言語を教える」というだけではなくて、「人間を育てる」(思考力を鍛えたり、とか)という部分もあると思うんですが、日々の授業に追われて、ただ単に文法項目を導入・練習して...っていうふうになっちゃうんですよね。ああ、余裕がほしい...。

ヒロシ said...

その作文集はどこかで公開したりするってのはないんですか?読んでみたいんですが、、、ま、となりのとなりの部屋に行けばいいだけなんですけどね。

yukki said...

>ヒロシさん
作文集、どうぞ見に来てくださいませ。それとも出前しましょうか?