クラスでは大きなトピックに基づいて読み物やビデオを選び、教材として使っています。
「食生活」では、Yuriさんにもらった「AERA」の記事「友食」を読みました。この記事は、最近、家族で「夕食」を食べず、コンビニなどで友達と食事する「友食」が増えているという内容で、その背景は、うちでごはんを食べない子供の親が「共働きだから」「母親が忙しいから」と書かれていました。
また、「教育」というトピックである報道番組の特集を教材として使いました。その特集は子供のしつけの問題を取り上げたものだったのですが、その中で専門家が「祖母から母へ智恵が伝わってない。それが家庭教育力の低下につながっている」と言っていました。
この2つに学生が反応して、テレビ番組を見終わった後で「どっちも女を攻めてる。女性差別だ」と発言しました。この時、ちょっと授業時間が終わりに近づいていて、それを取り上げる時間がなかったんでが(言い訳ですね)、「ああ、鋭いなあ」と思いました。
で、「職業」のユニットのときに、これまたYuriさんがくれた「AERA」の記事で「就職活動で目覚めて男を捨てる女子学生」という記事を使いました。記事の内容は、その題名の通り、「就職活動で自己分析をして自立心を持ち、今の彼氏を不満に思って別れた」というものでした。私は最初、「男が情けないっていう記事やな」と思っていました。でも何回も読むうちに、「別れ話を切り出した女子学生が悪いみたいに書いてへんか?アホみたいに書いてへんか?」って思い出してきたのです。だって、自己分析するまでは「目覚めて」いないし、その後は男を「捨てて」るし。その上、記事は助け合って就職活動をしているカップル、しかも男のほうが先に就職決まってるという話で終わっていて、それが「悪い話ばかりではない」というふうに紹介されているのです。
私はこの記事を読んでムカついた時、学生の「女性差別だ」という発言を思い出しました。そして、この「就職活動」の記事を読む時に、もう一度学生のコメントを取り上げたいと思いました。
で、Yuriさんに相談して、「メディアが作る女性のイメージ」という授業を行いました。
(続く)
Sunday, November 16, 2008
クリティカル・リテラシー:メディアが作る女性のイメージ(実践編)
まだ「きっかけ編」をお読みでない方は、そちらからどうぞ。
学生の「女性差別だ」というコメント、そして私の記事へのムカつきから始まったこの実践は、記事の内容理解を含めて合計4時間(50分 X 3コマ)かかりました。
3までは順調だったんですよ、3までは...。例えば、学生からは次のような意見が出ました。
結局、「メディアっていうのがイメージを作ってるんだ。そういうことを考えながらメディアと付き合ってほしい」と私の意見を言って締めるという中途半端な実践になってしまいました。でも、やってよかったと思います。教師である私は、漫然と教材を受け取るのではなく、批判的に読み解くことを期待しているんだということが伝えられたと思います。まあ、学生に聞いたら、きっと「そんなこと、言われなくてもやってるよ」とか言うんでしょうがね...。
学生の「女性差別だ」というコメント、そして私の記事へのムカつきから始まったこの実践は、記事の内容理解を含めて合計4時間(50分 X 3コマ)かかりました。
- 「就活」の記事前半を読んで、内容を理解する。
- 「就活」の記事後半を読んで、内容を理解する。
- 宿題で考えてきてもらった「就活」の記事の中の女子学生、「友食」の記事の女性(母親)、「しつけ」のビデオの中の女性(母親、祖母、女性教師など)のイメージについて、グループで話し合う。宿題では、「「就活」の記事の女子学生は、自己分析の前後でどんなイメージ?」「「友食」「しつけ」に出ている女性はどんなイメージ?」という質問の後、「そのイメージは本当か?」「そのイメージはどこから来ているのか?」「そのイメージは、「どうしてそのイメージが作り出されているのか?」の3点を考えてもらいました。この日は10人を3つのグループに分けて宿題をもとに意見をまとめ、模造紙に書いてもらいました(このテクもYuriさん直伝)。
- グループの話し合いの結果を発表し、その後クラス全体で話し合う。
3までは順調だったんですよ、3までは...。例えば、学生からは次のような意見が出ました。
- 女性の役割変化が家庭の乱れを引き起こしている=女性が悪いというイメージ。マスメディアは現在の問題を大げさにして、その原因を探すために「女性が悪い」というイメージが作られている。
- 女性のイメージは悪い(不安定、浅い、いつも女性の責任)。記事を書いた人がイメージを作り、それを読んだ人がまたイメージを作る。悪いイメージは男性も女性も作っている。例えば、主婦がいいと思っている女性は、「働く=善」になると自分の立場が悪くなる。だから、働く女性に悪いイメージを与えることで、自分のイメージをよくしようとしている。
- 「家=女性」というイメージ。昔のほうがいいという意見の人がイメージを作っている。変化に対応するのは大変だから、変化を悪く見せて対応するのを避けている。
結局、「メディアっていうのがイメージを作ってるんだ。そういうことを考えながらメディアと付き合ってほしい」と私の意見を言って締めるという中途半端な実践になってしまいました。でも、やってよかったと思います。教師である私は、漫然と教材を受け取るのではなく、批判的に読み解くことを期待しているんだということが伝えられたと思います。まあ、学生に聞いたら、きっと「そんなこと、言われなくてもやってるよ」とか言うんでしょうがね...。
Friday, November 14, 2008
学生のブログ
今学期も学生に個人目標を設定してもらっていますが、その中でブログを使っている人が3人います。2人は歌詞の翻訳を、1人はなんと政治についてポストしています。定期的にポストするのはなかなか大変なようですが、もしよかったら読んで/聞いて、コメントをお願いします!
- アンタレス(ビジュアル系バンドの歌詞の翻訳)
- Kelsey in Japan(J-popの歌詞の翻訳)
- 面白い日本の政治(政治についての意見)
Sunday, November 02, 2008
職場紹介
今日は私の職場を紹介します。まず、オフィスと教室がある建物。会議室やらいろいろある建物で、私の職場はここを間借りしています。

中に入って2階に行くと、教室3つ、教授のオフィス、図書室、学生のロッカー室、そして私たち日本語講師のオフィスがあります。
ここにディレクターのN先生もいらっしゃいます。私の机は一番手前の散らかってるヤツです。そしてアップがこれ。
ラブリーiMacにアメリカから持って帰ってきたきったないキーボードをつなげて使っています。iMacの上に見える白黒のものは、夏コンで買った関ジャニ∞(マイナス錦戸亮)のポストカードです。右からヨコ、ヤス、マル、すばる、たっちょん、ひなです。右手にはSuper Juniorのセカンドアルバム「Don't Don」に入っていた歌詞カードの写真のほうがはってあります。あと、もう10年以上大切に持っているFear Factoryの雑誌(Kerrang!)の切り抜きも。みんな私を元気にしてくれます。でも、他の人からは白い目で見られている...ような気がしますが、細かことは気にしなーい(by ゆってぃ←人力舎の芸人なんですけど、知ってます?)
中に入って2階に行くと、教室3つ、教授のオフィス、図書室、学生のロッカー室、そして私たち日本語講師のオフィスがあります。
Wednesday, October 29, 2008
歯痛顛末
右下奥の歯の神経を4本抜いたと書きましたが、その後最悪な事態に陥りました。
今度は上が痛くなったのです。しかもキョーレツに。寝られないほど。
歯医者さんには「神経はつながっているから、下をとったら上の痛いのもおさまのでは」と言われていたのですが、そんな簡単なことではありませんでした。
晩ご飯を食べてから痛みだしたと思ったら、もうノンストップです。表現するなら「ドクドク」「ズキズキ」という感じでしょうか。とにかく痛いのです。いろいろ試しているうちに、冷たいものを口に含んでいる時は痛みがましになることがわかり、とにかく水や氷を口に含んで痛い部分を冷やした後出すということを繰り返していました。でもね...やめると痛くなるんですよ。だから寝られない(T_T)。結局一晩中痛みと戦うハメになりました。とほほ。
翌日、心配した母とともにタクシーで歯医者にかけこみ、痛いところの神経をとってもらいました。するとどうでしょう。痛みがどこかに飛んで行ってしまいました。ほんまに「飛んで行った」という表現がぴったりです。だってまったく痛くなくなったんですもん。で、帰ってから夕べ失った睡眠を取り戻すかのように爆睡。天国でした。
苦痛約20時間、治療約15分の苦闘でした。ああ、休み中でよかった。みなさんも歯は大切に!
今度は上が痛くなったのです。しかもキョーレツに。寝られないほど。
歯医者さんには「神経はつながっているから、下をとったら上の痛いのもおさまのでは」と言われていたのですが、そんな簡単なことではありませんでした。
晩ご飯を食べてから痛みだしたと思ったら、もうノンストップです。表現するなら「ドクドク」「ズキズキ」という感じでしょうか。とにかく痛いのです。いろいろ試しているうちに、冷たいものを口に含んでいる時は痛みがましになることがわかり、とにかく水や氷を口に含んで痛い部分を冷やした後出すということを繰り返していました。でもね...やめると痛くなるんですよ。だから寝られない(T_T)。結局一晩中痛みと戦うハメになりました。とほほ。
翌日、心配した母とともにタクシーで歯医者にかけこみ、痛いところの神経をとってもらいました。するとどうでしょう。痛みがどこかに飛んで行ってしまいました。ほんまに「飛んで行った」という表現がぴったりです。だってまったく痛くなくなったんですもん。で、帰ってから夕べ失った睡眠を取り戻すかのように爆睡。天国でした。
苦痛約20時間、治療約15分の苦闘でした。ああ、休み中でよかった。みなさんも歯は大切に!
Tuesday, October 28, 2008
誰かどうにかして〜
最近更新していませんが、原因は歯痛。時々右上下に痛みがあったのですが、ある日突然我慢できないほどになり、仕事を早退して歯医者さんへ直行。虫歯ではないようだと言われ、その日は知覚過敏の薬を塗ってもらったのですが、次の日も痛くて仕事どころではなく...(T_T)。
歯医者さんがが出した結論は「右下奥の歯の神経を抜く」。前日はあまり乗り気ではなかった歯医者さんも、私があまりにも痛みを訴えるのでギブアップした模様。翌日、神経を抜いてくれました。その数、4本。すごいですねー。
現在、痛みのほうはまあ落ち着いてきましたが、油断は禁物。今も痛み止めは欠かせません。そして、これからは歯ブラシ、マウスウォッシュともっと仲良くしたいと思います。
歯医者さんがが出した結論は「右下奥の歯の神経を抜く」。前日はあまり乗り気ではなかった歯医者さんも、私があまりにも痛みを訴えるのでギブアップした模様。翌日、神経を抜いてくれました。その数、4本。すごいですねー。
現在、痛みのほうはまあ落ち着いてきましたが、油断は禁物。今も痛み止めは欠かせません。そして、これからは歯ブラシ、マウスウォッシュともっと仲良くしたいと思います。
Friday, October 17, 2008
どうして日本語で話さへんの?
同じ言語を話す学生が集まって日本語を勉強している場合、そりゃ彼らは一番話しやすい共通言語で話すでしょう。でも教師側はできれば日本語で話してほしいと思っています。常に日本語を使って自己表現をはかることで、日本語が上達すると思うからです。
今、私の職場でちょっと懸念されているのが学生の英語使用。我々のオフィスや教室がある建物(間借りものです)のロビーに集まっては、英語で話しています。日本語使用を促すのですが、その場は日本語にスイッチしても数時間後には英語に戻っています。
今日、学生に「どうして日本語を使わへんの?」と聞いてみました。答えは、
この「正しい」にひっかかった私は、聞いてみました。「正しい日本語が1つだけあるん?」「みんなは正しい英語を話すん?」学生はみんな「ある」「話す」と答え、「文法や発音には「正しい」ものがある」「例えば南部の方言で話す人はわからなかったりするし、それは正しい英語ではない」「方言を知る前に習うべき正しい英語がある」といったようなことを言いました。さらに、「プログラムの友達と日本語で話す必要はない」と言った学生が、「日本人と私たち学生がいる場で、日本人が英語がわかったとしても英語を話すのはよくないと思う。せっかく日本人がいるんだから」と言いました。
この学生の思考回路の中に見えるのは、「日本人が話す日本語は正しくて、自分たちが話すのは正しくない日本語」という考えです。意地悪な見方をすれば、自分たち、そして仲間を馬鹿にし、差別していると言えるのではないでしょうか。日本語にも多様性があり、決してすべての日本人がいわゆる文法書に書いてあるような「正しい」日本語を話しているわけではないのに、学生にとっては「日本人」が「正しさ」を体現しているわけです。
このような発言を聞いて、私はとっさに上手く反論できませんでした。「例えばアフリカ系アメリカ人が話す英語や、京都の人が話す日本語は、いわゆる「正しい」日本語とは違うんちゃう?ということは、そういったことばを話す人は、「正しくない」ことばを話しているん?」「自分が伝えたいことを伝えるために日本語を勉強してるんよね?その伝えたいことを伝えるためには、いつも正しく話さなあかんの?」情けないことに、こういうことをちょっと考えてほしいと伝えるだけで精一杯でした。
元留学生として学生の気持ちがわからなくもないですが、考えが上手く伝えられないから、正しくないからといって日本語を使うことを避ける学生を見ていると、なんだか悲しくなりました。
今、私の職場でちょっと懸念されているのが学生の英語使用。我々のオフィスや教室がある建物(間借りものです)のロビーに集まっては、英語で話しています。日本語使用を促すのですが、その場は日本語にスイッチしても数時間後には英語に戻っています。
今日、学生に「どうして日本語を使わへんの?」と聞いてみました。答えは、
- 「下のレベルの学生と話すのは難しいから」
- 「抽象的な考えを言うことができないから」
- 「一番簡単に、自然に自分の考えが伝えられるのが英語だから」
- 「日本で生活していて、日本人の友達やホストファミリーと日本語で話しているから、プログラムの友達と日本語で話さなくてもいいと思うから」
この「正しい」にひっかかった私は、聞いてみました。「正しい日本語が1つだけあるん?」「みんなは正しい英語を話すん?」学生はみんな「ある」「話す」と答え、「文法や発音には「正しい」ものがある」「例えば南部の方言で話す人はわからなかったりするし、それは正しい英語ではない」「方言を知る前に習うべき正しい英語がある」といったようなことを言いました。さらに、「プログラムの友達と日本語で話す必要はない」と言った学生が、「日本人と私たち学生がいる場で、日本人が英語がわかったとしても英語を話すのはよくないと思う。せっかく日本人がいるんだから」と言いました。
この学生の思考回路の中に見えるのは、「日本人が話す日本語は正しくて、自分たちが話すのは正しくない日本語」という考えです。意地悪な見方をすれば、自分たち、そして仲間を馬鹿にし、差別していると言えるのではないでしょうか。日本語にも多様性があり、決してすべての日本人がいわゆる文法書に書いてあるような「正しい」日本語を話しているわけではないのに、学生にとっては「日本人」が「正しさ」を体現しているわけです。
このような発言を聞いて、私はとっさに上手く反論できませんでした。「例えばアフリカ系アメリカ人が話す英語や、京都の人が話す日本語は、いわゆる「正しい」日本語とは違うんちゃう?ということは、そういったことばを話す人は、「正しくない」ことばを話しているん?」「自分が伝えたいことを伝えるために日本語を勉強してるんよね?その伝えたいことを伝えるためには、いつも正しく話さなあかんの?」情けないことに、こういうことをちょっと考えてほしいと伝えるだけで精一杯でした。
元留学生として学生の気持ちがわからなくもないですが、考えが上手く伝えられないから、正しくないからといって日本語を使うことを避ける学生を見ていると、なんだか悲しくなりました。
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