Friday, October 17, 2008

どうして日本語で話さへんの?

同じ言語を話す学生が集まって日本語を勉強している場合、そりゃ彼らは一番話しやすい共通言語で話すでしょう。でも教師側はできれば日本語で話してほしいと思っています。常に日本語を使って自己表現をはかることで、日本語が上達すると思うからです。

今、私の職場でちょっと懸念されているのが学生の英語使用。我々のオフィスや教室がある建物(間借りものです)のロビーに集まっては、英語で話しています。日本語使用を促すのですが、その場は日本語にスイッチしても数時間後には英語に戻っています。

今日、学生に「どうして日本語を使わへんの?」と聞いてみました。答えは、
  • 「下のレベルの学生と話すのは難しいから」
  • 「抽象的な考えを言うことができないから」
  • 「一番簡単に、自然に自分の考えが伝えられるのが英語だから」
  • 「日本で生活していて、日本人の友達やホストファミリーと日本語で話しているから、プログラムの友達と日本語で話さなくてもいいと思うから」
さらに理由を聞くと、ある学生が「私たちの日本語は正しくないからちょっと恥ずかしい」と言い、他の学生もそれに同調しました。

この「正しい」にひっかかった私は、聞いてみました。「正しい日本語が1つだけあるん?」「みんなは正しい英語を話すん?」学生はみんな「ある」「話す」と答え、「文法や発音には「正しい」ものがある」「例えば南部の方言で話す人はわからなかったりするし、それは正しい英語ではない」「方言を知る前に習うべき正しい英語がある」といったようなことを言いました。さらに、「プログラムの友達と日本語で話す必要はない」と言った学生が、「日本人と私たち学生がいる場で、日本人が英語がわかったとしても英語を話すのはよくないと思う。せっかく日本人がいるんだから」と言いました。

この学生の思考回路の中に見えるのは、「日本人が話す日本語は正しくて、自分たちが話すのは正しくない日本語」という考えです。意地悪な見方をすれば、自分たち、そして仲間を馬鹿にし、差別していると言えるのではないでしょうか。日本語にも多様性があり、決してすべての日本人がいわゆる文法書に書いてあるような「正しい」日本語を話しているわけではないのに、学生にとっては「日本人」が「正しさ」を体現しているわけです。

このような発言を聞いて、私はとっさに上手く反論できませんでした。「例えばアフリカ系アメリカ人が話す英語や、京都の人が話す日本語は、いわゆる「正しい」日本語とは違うんちゃう?ということは、そういったことばを話す人は、「正しくない」ことばを話しているん?」「自分が伝えたいことを伝えるために日本語を勉強してるんよね?その伝えたいことを伝えるためには、いつも正しく話さなあかんの?」情けないことに、こういうことをちょっと考えてほしいと伝えるだけで精一杯でした。

元留学生として学生の気持ちがわからなくもないですが、考えが上手く伝えられないから、正しくないからといって日本語を使うことを避ける学生を見ていると、なんだか悲しくなりました。

5 comments:

Kazz said...

非常によく分かります。学生は、どうしても母語なり英語なりに流れてしまいますね。
それをどう食い止めるのか、そして、食い止める必要があるのかってのは、結構先生によって違いますもんね。

私も、日本に留学しているならば、なるだけ日本語を使うべきだと思いますけど、学生が言うこともよく分かります。間違える恥ずかしさとか、初級の学生に色々工夫して分かりやすく説明する煩わしさは、確かにありますけど、それこそが学ぶ近道のようにも思います。

ほんと、正しい言葉なり、標準的な言葉なんて、あってないようなもんですからね。前に、ここに来た日本人留学生の日本語、さっぱり分かりませんでした、、、。今は、こういう日本語を使うのか???というぐらいのショックでした。

私も中国語を学んでいるので、なるべく使うようにしてますけど、よく学生から笑われます。カミさんの中国語をピックアップしてるので、オカマっぽいと、、、。くじけずに頑張ります。

ひろす said...

夏のプログラムでも、おんなじ問題がありましたなぁ。しかし、下のレベルっていってもそこに来る学生はある程度のレベルには達しているわけで、そこから更に上を目指すには日本語でがんばんないといかんですよね。

「抽象的な考えを言うことができないから」というのは、上級、さらに超級へ行く為にはぶつからなければならない壁ですね。その一人で「突き上げ」を感じて「言語的挫折」になってしまうのは仕方ないとして、そこから先に行こうとするかどうかで変わりますよね。そういう自分も英語で抽象度の高い話ができるかというとそれは汗が出そうになりますけどね。挑戦しないといかんですよね。そして挑戦しても言えないと、ストレスになるし、敗北感、無力感、挫折感を感じて、やる気なくしそうになります。でもそこで学習者のレベルによってはお互いに、あるいは自分よりできる日本語話者がいたらその人をリソースになんか模索してほしいと思うんですよね。

「正しい英語」とかいう人はやっぱりworld Englishes とかいう発想はないのかなぁ。個人的には、現象として日本で留学生がピジン日本語を作り始めても面白いと思いますが、そういうことにはならないのかな。

関係ないけどうちの学生が京都のラジオ局の京都弁講座みたいなののをポッドキャスト探して、推薦してました。いやー、むずかしそうでした。

yukki said...

>kazzさん、ひろすさん
コメントをどうもありがとうございます。学生はこの話し合いの後、少し日本語で話すようになっていたんですが、すぐに英語に戻ってしまいました...。

これは私の印象なんですが、自分がしたいことしかしない学生が多いような気がします。「難しいことが言えないからイヤ」「正しくないからイヤ」と考えてばかりで、我慢してとにかくやってみるってことをしないような感じです(他にもそう思わせる出来事があったんですが、割愛)。

エリート校から来ている学生ですから、もしかしたら卒業しても好きなことだけやって生きていけるのかもしれませんが、人生そんなにあもないで(甘くないよ)って言ってやりたいですよ、まったく。

ヒロシ said...

>エリート校から来ている学生ですから、もしかしたら卒業しても好きなことだけやって生きていけるのかもしれませんが、人生そんなにあもないで(甘くないよ)って言ってやりたいですよ、まったく。

なんかそんな感じの人が好きなことをやってた結果がこのサブプライムモーゲージ破綻からの金融危機のような気がしてちょっと頭に来ますね。

yukki said...

>ヒロシさん
歯痛のため、お返事遅れてすみません。

いやー、確かに今、世界はひどいことになってますね。難しい数式で遊んでたら失敗してもーたって感じですかね。世界中の人を犠牲にして挫折を経験すんなっつーの、と言いたいところです。